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ポゴレリッチの「交響的練習曲」 ピアノリサイタル2018 [音楽]

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本番前のイーヴォ・ポゴレリッチ

 ポゴレリッチの音楽はきわめて厳しく、そして美しい。
サントリーホールにて、イーヴォ・ポゴレリッチのリサイタルを聴く。私は彼のコンサートに足を運んだのは4度め。今回は舞台側の2階席、演奏者の背中を見下ろす位置で聴いた。

演目:

モーツァルト「アダージョ ロ短調 K.540」
リスト「ピアノ・ソナタ ロ短調」
****
シューマン「交響的練習曲 op.13(遺作変奏付き)」

 コンサートが終わって、心に残る余韻を思い出しながら感じたのは冒頭の言葉だ。その厳しさは、演奏家が自らに課したものであると同時に、険しい道を追究し続ける成果としての表現からくる。私は、ピアノから発せられる一音一音に、近年耳にしたピアニストの中では比類のない厳しさを感じた。同時に、従来の演奏解釈からかけ離れた音楽は、ときに異彩を放ちながらもきわめて美しい。

 厳しさを支えるのは、優れた耳と卓越した技量。そして、パワーと繊細さ。大柄な体躯の演奏家だが、強さと弱さ、明るさと暗さ、テンポ、間、高さと低さ、長さ、広がりを細部まで驚くべき精度でコントロールしている。聴き手が全幅の信頼をもって耳を傾けられるほどに。この演奏家に「テクニック」などという言葉は不要だ。

 ポゴレリッチが奏でる主旋律は、垂直方向に光のように伸びていく。それが、林立しては消える角柱のごとく見えるようだ。そして、主に左手が担う伴奏は、水平方向へ広がっていく。最低音の重さは地の底へ沈むごとく。長い間の先に、打ち込むような一つの低音が鳴り響く。これによる豊富な倍音が音楽にふくらみを与える。同時に、このピアニストは、音の発生から到達時間、そして減衰までも把握しているに違いない。それらが三次元的に立ち現れるさまは、CDでは決して感じることはできない。輻輳するのではなく、垂直水平方向に伸びていく。これはホールだからこそ感じることができるかけがえのないものだ。聴衆は演奏会場でまったく新しい音楽の誕生を目撃する。

 今回のプログラムの3曲には一貫性があり、曲調に共通した部分が多い。長編「交響的練習曲」は忍耐強い研鑽に適した作品であり、演奏の高い完成度を実感した。タルコフスキーの映画における長回しのカメラが横に流れるように、ポゴレリッチの時間は途切れずに続いていく。ときに情動をはらむさまざまな感情の流れ。後半は激しく打ち寄せる波濤にのみ込まれていく。そして現れる光のような旋律。時間を潤沢に操り、聴き手は、音楽が永遠を刻む時間による芸術であることをあらためて知る。

 以前も言及したが、彼の演奏はどれほど多くの音が重なろうが、どれほど深く鍵盤をたたこうとも、ハーモニーににごりがない。特に低域の和音が美しい。この強靭な制御力はどこからくるものなのか。インタビューで彼はその点について「自分が発する音に十分に耳を傾けてきた」というようなことを語った。自身が最初の弾き手であると同時に、最初の、そして最高の聴き手でもあった。

 ポゴレリッチは情景のつくり方も秀でている。誤解を恐れずにいえば、「感情」や「物語性」あるいは歴史さえも超越して音楽世界を構築しているかのように聴こえた。それこそがまさに芸術だ。威厳に満ちた響きや高らかに放たれるハーモニーはこころを打つが、最終的に私が感じたのは、厳しさに裏打ちされたゆるぎのない豊かさだ。悲しみや苦しさ、喜び、時代の運命を超えたところにある精神的ななにか。その存在を強く感じさせてくれた演奏だった。

イーヴォ・ポゴレリッチ ピアノ・リサイタル
場所:サントリーホール
日時:2018年12月8日(土) 19:00 開演

モーツァルト「アダージョ ロ短調 K.540」
リスト「ピアノ・ソナタ ロ短調」
****
シューマン「交響的練習曲 op.13(遺作変奏付き)」
※アンコールはなし


以前のポゴレリッチ・ピアノリサイタルの記事:
イーヴォ・ポゴレリッチの「ラ・ヴァルス」 ピアノ・リサイタル2017
イーヴォ・ポゴレリッチのピアノリサイタル 2016
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