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和合亮一氏の朗読会 [詩]

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 9月1日、深大寺本堂にて「水の輪・心の和~語り伝えるふるさと」と題したイベントが開かれた。出演は、詩の朗読が和合亮一さん、舞がオイリュトミストのはた りえさん、音楽が「波紋音(はもん)」という打楽器を演奏する永田砂知子さん。内陣を正面に見て、左手に演者のスペース、右手に客席が設置された。客席には、地元の市民らしい方々が訪れ、子供づれもいた。60名ほど入っただろうか。私の隣に座った老婦人二人は、いわき出身か、浜通りから来た方たちのようで、津波が襲来した際に犠牲になった人の話をしていた。
 イベントははたさんの舞で始まる。淡い紫色のグラデーションに染められた、天女のような衣装をまとった演者の舞は、バックの波紋音の音とあいまって、神話的な風景を表しているように思えた。身体の動きからは波あるいは波動が感じられ、瑞々しい。波紋音の音は初めて聴く不思議な響きだった。胴のふくれた金属製の太鼓のようなかたち。大が1つと、小が5つほど。音はガムランの打楽器、あるいは水琴窟にも似ている。音程は整っており、日本的な清楚さがある。倍音の重なりが独特で、その持続による厚みが心地よく、本堂の空間に合う。
 途中から3人の僧侶による読経が入り、波紋音との協奏のようになった。それが終わって、和合さんが詩集を持って登壇した。相馬市をテーマにした詩を静かな口調で語り始める。次に、放射能汚染によりある日の午前0時を境に立ち入り禁止になる地域をうたった詩。和合さんの最近の詩における特徴である、言葉の繰り返しが、聴く者の心に収束の目途がたたない現実を深く刻む。老人たちはときどき頷きながら聞いていた。
 イベントの直前まで大粒の雨が降っていたが、すうっと止んだ。和合さんの後ろの障子に木漏れ日が射し、葉陰がゆれる。そして、蝉の声。特にヒグラシの声がよくとおり、夏の余韻をはこんできた。和合さんは2、3冊の詩集をかわるがわる読む。ただし、ほとんど本を見ていないときもあった。「いのち、いのち、いのち」。リフになると語調が激しく、強くなる。それはもはや叫びだ。朗読は1時間ほど行われ、そのあと再び舞が演じられた。4時半終了。来場者の拍手は温かかった。
 内陣の横手に回って、和合さんに挨拶した。初対面だったが、私はこの詩人をだいぶ前に知った。私の知人の詩人・福間健二さんが17年前に、いわき市立美術館で和合さんと朗読を行ったのだ。そのとき私は都合で行けなかったのだが、後日福間さんから福島の若い詩人のことを聞いた。和合さんも私のことを福間さんから聞いており、互いに対面を喜ぶ。福間さんの朗読用につくった私の音楽や、美術館に行った私の父親のことも覚えており、とてもていねいで実直な人だった。3.11以降の注目、活動は周知のとおりだ。坂本龍一さんとも共演するなど、震災が縁とはいえ、喜ばしい。
 和合さんの経歴をあらためてみると、'98年に中原中也賞を受賞している。ラジオのパーソナリティーやテレビ出演など、いろいろなことを行っているが、本業は高校の先生だ。実際にお会いして、活躍する人特有のタフさと繊細さを感じた。いま思うのは、未曾有の危機にさらされた福島には、和合さんという詩人が必要であったということだ。この重苦しい状況の中で自らの存在を切り開く言葉、あるいは叫びが必要だったのだと思う。私は3.11の原発事故直後、福島の状況を知りたくて、ネットを走り回った。そのとき、あの混乱の中、「放射能が降っています。静かな静かな夜です」という言葉に出会ったときに、心がざわめいたことを覚えている。
 終演後、和合さんの後輩のSさんとともに、寺の近くの店「曼珠苑」で行われた打ち上げに参加する。イベントを企画・開催したスタッフは全員女性だった。和合さんは事故の直後に奥さんと子供を避難させた話をしてくれた。ひとりで自宅に残り、余震の中で詩を書いていたという。そのとき、雨に当たってはいけないという注意報が出たとのこと。「放射能が降っています」とは雨のことだった。彼は、福島県外に住むわれわれが経験したことのない時間を過ごしたのだ。実は該当地域外の人間はそのことがよくわかっていない(3月15日にはわれわれもまた被曝したのだが)。私はいまさらながら、そのことに気がつく。とはいえ、その事実についてどう語りかければいいのか、まだ心の整理がつかずにおり、もう少し時間が必要なのだと思う。
 和合さんはまた、外国における活動や先日参加したスロベニアでの詩のイベントについて語った。ヨーロッパでは詩人が自らの詩を朗読をするのは当然のことらしい。永田さんには波紋音のことを詳しく聞いた。波紋音は打面にスリットが入っており、叩く位置により音程が変わる。はたさんに会って、自分よりも年上だったことに驚く。演じている女性は30代くらいに見えたのだ。集合写真を撮って、7時前に解散。和合さんは、女性たちに見送られて福島へ帰られた。
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福間健二氏の萩原朔太郎賞記念展示 [詩]

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前橋文学館

 昨年の第19回萩原朔太郎賞を受賞した詩人・福間健二さんの受賞記念展示を見るために前橋文学館を訪れた。三鷹から前橋駅まで電車を乗り継いで約2時間。関東でも夏の気温が高い土地として知られる前橋はたしかに暑かった。といっても、このところの陽射しの強さは東京も相当なものなので、前橋が特別だとは感じなかった。駅のエントランスに張り出したひさしからは、気温を下げるためのミストが噴霧されていた。このミスト装置は高崎駅の構内にもあり、猛暑をわずかに和らげる。
 前橋文学館は入り口の上方に伸びる垂直の意匠が特徴的な建物。すぐ前を広瀬川が流れている。この川は水量が多く、流れが速い。そのたっぷりした流れを見ているといくぶん涼しい気持ちになった。同館は前橋ゆかりの詩人・萩原朔太郎を記念して建てられ、名称には「萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち」とのタイトルが付く。
 1階エントランスのすぐ右の部屋が企画展示室になっており、壁面やケースを使って、福間さんがこれまでに刊行した詩集やいくつかの詩篇が展示されていた。正面には受賞した詩集「青い家」が置かれ、その中の一篇をパネルで掲示した。それぞれの作品ごとに、作者の解説がつく。私は福間さんから、重要な著作をその都度いただいてきた。495ページの大作「青い家」もそのうちの一つ。これまでの仕事の成果が、広がりや奥行きの中に重層的に構築されたいい詩集だ。掲載された98篇の詩は読みやすく、すうっと身体に入ってくる。今回の展示では、最新作からさかのぼり、詩人の学生時代までの主な著作を見ることができ、初々しい発見もあって興味深い。特にガールフレンドに送った長い手書きの詩篇は詩人としての宣言のようでもあり、初原を見たような気がした。
 展示は3階に続き、そこでは原稿や創作ノート、関わった同人誌、19歳のときに刊行した詩集などを展示し、福間さんが制作した映画の予告編も再生していた(9月には本編も上映される)。展示スペースはさほど広くないが、福間夫妻を記録した鈴木志郎康氏の短編ムービー「戸内のコア」も見ることができ、気持ちのこもった企画展だと感じた。一人の詩人の仕事を通して見るというのは、知り合いであるだけに、半分同化してしまうようなちょっと不思議な気分だった。本来なら見ることはできない創作ノートに書き込まれたたくさんの文字や草稿、あるいは思索の断片、構想は見習うべき点が多い。私の場合どうも思考が浅く、根気がない。絵画に関しても、こと言語化においては根本的に地に足が着いていないのだ。もっとも、絵描きは本来そういうものなのかもしれない。言語化するくらいなら、詩の一篇でも覚えたほうがいいのだ。
 2階には萩原朔太郎の原稿や関連資料、愛用したギターなどが展示されている。実をいうと私はこの詩人の作品を読んだことがない。ガイド役の婦人が萩原朔太郎の詩における斬新な口語体表現や後年の文語体の解説をしてくれたのだが、ピンとこなかった。これを機会に代表作を読もうと思いながら、文学館をあとにした。今回は文学館にしか足を運ばなかったのだが、ここに来ただけで、前橋は自然と詩を大切にしている土地なのだということが感じられた。福間さんがこの地とつながりをもったということはとても喜ばしいことだ。

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第19回萩原朔太郎賞受賞者展覧会・福間健二「青い家にたどりつくまで」

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文学館の前を流れる広瀬川
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