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松田松雄展 [美術]

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 盛岡岩手県立美術館で開催中の松田松雄展を見る。
 東京から盛岡までは東北新幹線で2時間10分ほど。ときどきうたた寝しながら車窓を眺めていると風景がめまぐるしく変わり、埼玉、栃木、福島宮城を抜け、あっという間に到着した。東京と東北北部の距離は思った以上に縮まっていた。

 松田氏の作品に対面するのは、記憶にあるかぎり高校生のときに文化センターあるいはいわき市立美術館で見て以来だ。私はかつていわき市にあった市民による美術グループで同氏に会っている。今年刊行された氏の著作「四角との対話」を読み、あらたな発見があった。そこには、絵を描く者としての共感以上の身に迫る言葉が綴られていた。松田氏は岩手県陸前高田市で生まれ、20代半ばにいわき市に移り住み、制作活動を行なった。残念ながら2001年に亡くなり、今回は没後初の大規模な回顧展となる。

 展示は、画家に転身した翌年の1968年の作品から始まる。松田氏の主要モチーフとなった人物像は初期作品(風景「人」)にすでに登場していた。当初は黄または赤、青などで表されている。それが1975年に、黒い二人の人物を描いた「風景(川のほとり…)」を発表し、さらに1977年の作品「風景」では群像になる(年代は今回の展示作品を基にした場合)。画家としてスタートした30歳でこのような主要モチーフ(かたち)に出会えたのは幸運と言える。自己にまっとうに向き合わなければ、長く付き合えるモチーフはやってこない。

 本展のクライマックスは、美術館の大空間にまとめて展示された「風景」シリーズだろう。作品が並ぶ空間はこの画家ならではの存在感に満ちていた。あらためて作品を丹念に見ると、キャンバスの布地の凹凸を巧みに使って人物や風景のマチエルを表していることが分かる。また、黒の調子を表現する力量は並ではない。こする、鋭利なもので引っ掻く、白で周囲を塗る。それらの手法を適宜使い、つや消しの黒による独特の具象的描写を実現した。そこに非凡さがある。特にいわき市立美術館蔵の3点(「風景(民-A,B,C)」)は完成度が高いように思う。艶消しの黒はたぶんアイボリーブラックなのだろう。ひび割れなどが起きていないところをみると、艶のある背景にそのまま載せてはいないようだ。背景を表す白が人物の黒の際まで塗られている。さらに、人物の肌の部分はキャンバス地が見える。印刷物では判別できないが、群像を構成する各人の黒の階調を変え、全体として幅をもたせている。

 さて、これらの人物や群像は何を表しているのだろう。松田氏自身は著作の中で、幼少時に暮らした津波常襲地帯だった村での避難の夜に見た村民たちの黒い姿、あるいは行商人について触れている。いまのわれわれにとっては、原発の避難民、外国の難民、あるいは日常生活で孤立した人々か、すべての物や財産を取り払ったあとの人間本来の姿か。そして彼らがいる場所は浜辺なのか、砂漠だろうか。嘆き、悲しむ人々は次々と斃れてゆき、そのまま岩になってしまうようにも思える。画家は、分断されていく人間たちの姿を'60年代にすでに予見していた。しかし、なぜか白い風景や遠くの海は柔らかく、包容力さえ感じさせる。この絵画空間を目にしたとき、人々の内に溢れるのは悲しみや絶望と同時に、いたわりや慈しみなのかもしれないと思う。来場者は描かれた家族や群像にさまざまな感慨をいだくだろう。その点で、松田氏の「風景」はいま見るべき作品だ。

 今回の展示では、作家の主題の変化を明示的に見て取ることができる。主要モチーフであった人物はさらに黒く、物体のようになってゆき、ついには消え、代わりに抽象的なタッチや面が現れ、躍動的なストロークに変わる。人物による抑制的な表現から、即興的な筆致による解放へ。風景シリーズでは白と黒を分けて描いているが、「風景デッサン」シリーズでは黒のタッチの上に白を重ねている。引っ掻きこそなくなったが、黒と白による相互作用的な表現は変わらないのかもしれない。
 松田氏は、
「自分に才能があるとかないとかも、私は一切自分に問わない。才能があるから絵を描いているわけではない。『私』という人間の存在と可能性に関心があるだけなのである」
「私は今でも、画家になるための勉強とは、ただ日常的に自分自身と直面することに耐えられる、ごくあたりまえの精神をもつことだと思っている」(「四角との対話」)
と語った。これは、創作に携わる人間の世界において普遍性をもつ言葉だろう。常に自己と対峙し、才能や技術とは別の場所で厳しい仕事を続けた画家、それが松田松雄なのだと思う。


〔追記〕本展の開催期間中、盛岡市内にあり、松田氏と縁が深いMORIOKA第一画廊でも同氏の小品を中心とした個展が開催されていた。
タグ:松田松雄
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