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会田誠展「もう俺には何も期待するな」 [ART]

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 3月5日、ミヅマアートギャラリーで会田誠展「もう俺には何も期待するな」を見た。このタイトルは昨年六本木で開催され、49万人もの来場者があったという展覧会「天才でごめんなさい」の反動によるものなのだろうか。見に行くほうはそうもいかず、注目作家の新作に期待しながらギャラリーを訪れただろう。
 展示の中心は映像作品だった。タイトルは「土人@男木島」(2013年制作・48分36秒)。撮影地は瀬戸内海に浮かぶ男木島で、この島に4人の土人が現れたというシチュエーションだ。時間と空間を飛び越え、太古から現代にやって来た4人はそれぞれ「うみやろう」「やまやろう」「あなやろう」「ひげやろう」と呼ばれ、島の社会に馴染んでいる。ここに女性レポーターが訪れ、彼らの生活ぶりを取材し、ときにクイズが出題される。この設定に来場者は肩すかしをくらう。と同時に「そうきたか」と受け止める。撮影・編集は作家本人が行なっており、つくりはそのまま「世界ふしぎ発見!」と「オレたちひょうきん族」だった。
 会田誠は以前、自らがオサマ・ビン・ラディンに扮した作品「日本に潜伏中のビン・ラディンと名乗る男からのビデオ」を制作し発表した。どこか地方の日本家屋の座敷のようなところにかくまわれたビン・ラディンがこたつに入って酒を飲み、乾き物を食べながら独白するという内容だ。日本に骨を埋めるつもりだという。これも相当おかしく、思わずに笑ってしまう。ビン・ラディンを血眼で捜していたころのオバマ大統領が見たら、卒倒しただろう。
 彼の作品は、風刺、お笑い、状況に対する複雑な感情や価値観、アートと現実の二重構造など、さまざまな物事が骨組みになっている。力みがなく、彼がTEDのプレゼンテーションで語った「テキトー」が制作のベースにある。しかし、その適当さの中であぶり出されるのはまぎれもない現代日本の姿だ。あるいは日本という池に投じられた彼ならではの表現。その点でこの作家のフィールドは、日本そのものなのかもしれない。「もう俺には何も期待するな」では、上映スペースの壁面に殴り描きのような大きなペインティングを展示した。そこには赤い放射能マークとともに「ふるさとはNo Feeling」と書かれてあった。その意味するところはなにか?
 日本人が抱える問題や政治的なテーマを捉え、既成の価値観を壊す仕事をしながら、彼は直接的な行動をとることはしない。あくまで、問題を作品の中に内包し続ける。問題を生け花の剣山のように底に据えながら、主に同世代の人々が影響を受けてきたもの、それはお笑いや風俗であったり、アニメや女子高生だったりといったものだが、それらさまざまな要素を刺して作品を形づくっている。このモチーフに合わせ、作品のスタイルやスケールを変え、メディアを選び、テクニックをコントロールする。それがこの作家の強みだ。
 今回は映像作品以外にも、3角形の部屋の中で3人の男性が話し合う様子を3台のカメラで録画した「最小社会記録装置(Minimum Society Recording Device)」、和室を模した部屋に飾られたオブジェなどが展示された。「最小社会記録装置」は仕掛けとして、また個人的な語りの点で、興味深いインスタレーションだ。
 和室に座り、TED登壇の顛末を記した冊子を読んでいたら、作家本人が目の前に現れた。そのとき、私は特に話しかける言葉をもたず、軽く挨拶をした。彼の表情は柔和で、たたずまいは落ち着いている。それは作品ありのままであり、芸術家は本来、作品とイコールだ。作家の目を見たら、彼の仕事についての謎が収まるところに収まった気がした。
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